コバヤシが最近ハマった漫画が『虚構推理』。小説が原作で、アニメ版も人気です。
”本格ミステリ小説大賞”を受賞しただけあってミステリの部分がもの凄く秀逸で面白いんですが、ほとんどの人がミステリであることに気付けないという高難易度のミステリ作品。
虚構推理の”ミステリ”とは、物語の中にある「隠された真相」を読み解くことです。
■虚構推理は「真相を教えてくれないタイプのミステリ」
虚構推理の多くの物語では、一部の”謎”が残ったまま話が終わるようになっていて、それらの謎を読者が自分で推理することで真相がわかるようになっています。
例えば、最初の長編物語『鋼人七瀬編』では、”寺田刑事の死”については序盤から真相がすべて明らかになっていましたが、”七瀬かりんの死”については謎がいくつも残されていました。
●残された謎(明らかに不自然)
・姉の初実は警察の聴取に対して妹(七瀬かりん)の”事故死”を否定した。
・鉄骨が倒れてきたときに七瀬かりんは避けようとしなかった。
・現場にはタバコが落ちていて、ホテルの所持品にもタバコがあった。
・父親が書いた「春子から殺意を感じる」という手記が週刊誌にリークされた。
▲残された謎(言われてみると不自然)
・七瀬かりんは受験生なのに高校3年生から芸能活動を本格化させた。
・売れ始めたばかりの娘の芸能仕事の収入に頼って父親が仕事を辞めた。
親族が「自殺」を否定するのは珍しいことではないですが、誰でも起き得る「事故」を否定するというのはかなり不自然な行動。
しかし結局、最後までこの謎の答えは出されることなく物語は終わっています。
これを推理してみると、、、
「七瀬かりんの顔が潰れていた」という話があったので、姉と妹の入れ替わりを疑った方は多いと思います。
ただ、双子でもない姉妹が入れ替わって周りにバレず生活するというのは相当難しいことですし、警察が再捜査して遺体を調べればバレる可能性がより高くなるわけですから、その状況で事故も自殺も否定するのは行動心理として矛盾しています。
そこで、「父親は事故死ではなく、初実が殺していた」と仮定すると…
妹の七瀬かりんが事故死として処理された場合、
「たった半年の間に3人家族のうち2人が別の不運な事故で死亡」
という珍しい構図になる。
↓
「父親の死は事故ではなかったのかも」と疑われるかもしれない。
という状況から、初実は「父親の件を疑われないようにするために事故死を否定した」と考えると、「事故を否定した」という一見不可解な行動にも納得がいきます。
さらに、他のことにも繋がってきて、
・初実は「父親の死は妹が原因」と周りに言いふらしていた。
・父親の手記を誰かがリークし、七瀬かりんが父親殺しを疑われるようになった。
これらも同じように、初実による「父親の件を疑われないようにするための行動だった」と考えれば自然な構図になります。
ただ、それだと「事故を否定したこと」は納得出来ますが、今度は「自殺を否定したこと」が不自然になります。父親の死を怪しまれないようにするためなら、「妹は死にたがっていた」と証言するほうが良いはずです。
━━━というように推理していって、他の謎も合わせて推理していくと、最終的にすべての理由が判明する。という構図です。
(※鋼人七瀬編の全貌の解説については次回投稿します。)
鋼人七瀬編に限らず他の物語も同様に、あらゆる情報が真相を読み解くヒントになっていて、点と線が繋がって答えを導き出せるようになっています。
そして、「真相の存在に気付かせないようにする」のが虚構推理の本質です。
■虚構推理のミステリが難しい理由①
→「物語の最後に語られる内容は正しい」という思い込みがある
多くの人が虚構推理のミステリ部分に気付けない一番の理由はコレだと思います。
ミステリ小説でもサスペンス映画でもアクション漫画でも、大抵の物語は「最後に語られた内容が正しい」という基本的な構図があります。その語り手が主人公だった場合は尚更です。
しかし虚構推理では、この常識を逆手に取って欺いてきます。
虚構推理では、各物語の最後に「真相はわからなくて当然」というような会話がよく描かれています。だから、「真相がわかるようになっていない」と思い込んでしまう。
岩永琴子の推理についても、最後に「真相はこういうことだったんですよ」と言って話したらそれが事実と思うのが普通ですよね。
しかし、その構図こそが読者を欺く”虚構”なのです。
■虚構推理のミステリが難しい理由②
→『一般ミステリ』のイメージで見てしまう
虚構推理のジャンルは”本格ミステリ”です。
しかし、こういったコメディなノリが強い作品は『金田一少年の事件簿』や『名探偵コナン』のような”一般ミステリ”が有名なので、虚構推理もそのイメージで読んでしまう人が多いと思います。
”本格ミステリ”と”一般ミステリ”の違いは明確に定義されているわけではないですが、個人的な解釈を簡単に言うと、
- 「普通は考えにくいことでも、あり得ることなら許容する」のが一般ミステリ
- 「(与えられた設定の中で)できるだけ現実的な構図を描く」のが本格ミステリ
具体例としては、
【一般ミステリ】
①「室内の様子がおかしかったので、鍵のかかったドアを体当たりでぶち破った」
②「犯人はクロロホルムで被害者を眠らせた」
③「旅行に行ったら殺人事件によく遭遇する」
こういった内容は、特別な理由が存在しない限りは「普通は考えにくい出来事」ですよね。
しかしミステリというのは、その「普通は考えにくいこと」について「もしこういう理由があったのならおかしくない」となるように裏側を推理していくものなので、「考えにくい出来事」なのに理由無しで許容されてしまうと推理しようがなくなってしまいます。
なので、できるだけ現実的な構図を描く作品ほど”本格的なミステリ”というわけです。
もちろん上記の例でも、物語のどこかに理由が描かれていれば本格ミステリの範囲になります。
①「主人公は鬼の子孫で怪力」という設定
②「犯人は『クロロホルムで被害者を眠らせた』と証言した」
③「探偵が相談者に依頼されて調査しに行った先で殺人事件によく遭遇する」
ファンタジー設定であっても理由が描かれていれば「考えられること」になりますし、”証言”なら嘘をついてる可能性があるのでどんな内容でも現実的です。
金田一少年は旅行に行くたびに殺人事件に遭遇しますが、金田一耕助は探偵として依頼されて不審な状況を調査しているときに殺人事件が起きるという現実的な構図です。
そして虚構推理は、作中にも”一般ミステリ”だと思ってしまうような表現が多々あります。
この「実際にやるのは難しくても、実際にやれそうかどうかが重要」といった台詞。虚構推理のいろんな物語でたびたび出てくる言葉なんですが、一見すると「考えにくいことでも問題無い」という一般ミステリの構図を許容しているように見えます。
しかしこれは、「相手を納得させるため」の論理であって、「真相」の話ではありません。これを混同してしまうと、非現実的な話にも違和感を持てなくなってしまいます。
つまり、虚構推理では「よく考えたらちょっとおかしい」と思うようなことには必ず理由が描かれているんですが、一般ミステリの感覚で読んでるとそれを「おかしい」と感じることなく読み流してしまうわけです。
■虚構推理のミステリが難しい理由③
→作者が意図的にミステリ部分を隠そうとしている
こういった隠された真相があるタイプの作品は大抵、作者の方がインタビュー記事などで「実は隠された真実があります」みたいにヒントをくれたりするんですが……
この『虚構推理』は、作者の方も真相の存在を意図的に隠そうとしています。
鋼人七瀬編が「これはミステリではない」と多くの読者に言われていたことに対し、
「妖怪や幽霊が当たり前に実在し、まごうことなき事件の真相をすっかり明らかにした後で、四種類の『嘘の解決』をあらかじめ嘘とことわった上で並べる小説はミステリと違う方向性のものかなあ」と反省もしております。
と、まるで「隠された真相なんて無い」かのようなコメント。
コミックのあとがきでも物語ごとにいろいろ話していますが、真相の存在には一切触れていません。
おかげで私も、鋼人七瀬編の真相に気付いた時点では「自分が深読みしすぎてるだけで、本当は真相なんて無いのかも?」と思ったりしました。
しかしその後、『電撃のピノッキオ』や『岩永琴子の逆襲と敗北(キリン編)』『雪女を斬る』など、他の物語もほとんど同じように隠された真相が存在する構図になっていることがわかり、それにより意図的に隠していることを確信できました。
そして、そこから考えると、虚構推理の真のテーマが見えてきます。
虚構推理とは、「主人公が相手に虚構を見せて欺く」という物語だと思わせておいて、実際には「作者が読者に虚構を見せて欺く」という作品。
だから作者の方も真相の存在を隠しているのだと思います。それを教えてしまったら、読者から見える世界が「虚構」ではなくなってしまいますからね。
◇わかると10倍面白くなる虚構推理
虚構推理はラブコメ・ファンタジー作品として読んでも普通に面白いですが、真相がわかるようになると感動するレベルで面白いです。
公式に解答が発表されてないので絶対的な答えは知りようがないんですが、それでも「間違いなくこれが真相だ」と思えるぐらい点と線が綺麗に繋がるようになっていますし、それでいて”その真相に気付かせない”という構成になってるのが凄い。
次回は、その凄さがよくわかる”鋼人七瀬編の真相”です。